月姫の話し 
 昔々大間々町にAさんと言うそれはそれは蘭の好きな人がいて・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「Tさん(私のこと)ビール色の面白い花が咲いたから見に来ませんか。」と言われて見に行った。確かにきれいとは言えない変な色の花だった。琥珀色とも言っていたがそんな感じか。天女という名前で登録しようと思っているのだそうだ。結果登録はかなわなかったらしい。ずっと後で月姫を命名販売し始めてから気付いた。その花はすでに登録になっていた月光だった。何で月光に気付かなかったかというと、A氏の作っていた月光が偽物だったからだ。その月光の偽物が後で私が命名した月姫だったわけだ。A氏の棚から流れた月光を月姫と知らずに未だに栽培している人もいるに違いない。あのときAさんが月姫の存在に気付いていれば名前は別にしても天心同様A氏登録の代表品種になっていたに違いない。私が駆け出しでなかったら助言も出来たかも知れない。そのころは「はぁ」と聞いているだけだった。
 A氏の月光が別ものであるのに気付いて増やしてる人がいた。展示会に出した。私は買ったが別の商人は買わなかった。色がうすいという。確かに弁元に向かって白く抜ける。私はそこがよいと言った。一作して素晴らしい花が咲いた。一作しただけでも蘭の花はその作で形を変える。抱えていて丸味がある。遮光が下手だから弁先にはっきり緑が残る。そのかわり真ん中辺の黄色は強く、弁元は白い。緑・黄・白の三色咲きだ。黄色い女雛みたいだと言った人がいた。その株は千葉の商人が買い上げていった。それが他所に回ったのだろう。どこかのリストに女雛型黄花と載っていた。すごいよい表現だが悪いことに素心という一言まで付いていた。私の月姫はむろん素心でないから私が偽物を売っているように思われる羽目になりかねない。困った奴がいるものだ。
 月姫は細葉で増えが良い。ただ花が硬くて開かないことがある。これは黄色味の強い黄花に総体的に言えることだが。あのときの花を咲かせるにはもう少し葉幅を引いた作りをしないといけないような気がする。以上月姫の話し。
 文中あまり意味がないと思うがあえてA氏とした。A氏が亡くなられて数年経つ。春蘭界に大きな足跡を残された人だ。ほとんどの大家が商人のようになってしまう中、最後まで一愛好家だった貴重な蘭人だ。亡くなる年まで90過ぎで蘭を見に来ていた。来ると必ず隅から隅まで観察していた。ほんとに蘭の好きな人だった。ご冥福をお祈りする。

天の富士の話し
 天の富士は狩人が猟をしに行って採ったそうだ。その狩人は数年後か1年後か忘れたが猟をしに行って山で死んだと言うことだ。 天の富士をひっさげて登録に行った。「天」が付くのだから当然A氏だ。当時連合会登録にはランクがあって登録金が違っていた。A登録で持って行ったがBと言われたらしい。A氏はB登録を断って帰ってきた。後に「Tさん金も出さず登録になったのは初めてですよ。」と言っていた。勝手に誰かが登録したらしい。銘鑑の中段に小さい文字で載っていた。まだ散斑なんかがもてはやされるちょっと前だったからあまり高い評価をされなかった。10年後に登録すればA氏の思惑道理の評価を得たに違いない。早すぎたが私はほしいと思った。1條100万だという。売るのは100万でも良いが買うのは困る。天心の時もそうだったが100万と言えば商人でも蘭会の仲間でも誰でも決して値を下げない。それだけ春蘭の価値を高く評価していたということだろう。仕方ないので小さな物を買った。天の富士は木が小さいと新子が真っ白く出てなかなか作がかからない。困った物だ。そうこうしていると天の富士がたくさんあるという。M氏の棚だ。登録の数年前にこの草がほしくてA氏の棚で分けてもらったそうだ。ただ私と同じで上木は100万と言われてそれでは持ち上げられないので、こっちなら少し小さいから安いというものを買ったらしい。私もその後その草を何年も作ったが確かに似たような芸をする部分もあるけれど結果的に別物だった。今天の川と言っている物がそれだ。天の川の名前は関西方面で今の燦河につけられていた。燦河は燦河になったのだから実質的に天の川という良い名前が宙に浮いてしまっている。私が勝手に頂いてしまった。天の川も散斑としては天の冨士の偽物にしておいてはもったいない芸をする。M氏の棚から天の富士として流通してしまったから本物の天の富士を知る人が少ない。その後M氏には本物の天の富士を買ってもらった。
 天の富士は春蘭柄物のなかでも独得の類似した物がない繊細で美しい芸をする。今でも数は少ない。幻に近い状況のままだ。当時A氏は先に述べたように頭の硬いところがあって、蘭仲間との交流が少なくなっていたから本物の天の富士を見た人が少ない。評価してくれる人がいないので仕方なく何度か天の富士を持って私の所に出向いていた。が、持ってくる草が最初に買った草みたいに小さいのばかりだった。私はいらないと言って蹴っていた。そうこうしているうちにこれなら作れるという草を持ってきた。元もと惚れていた草だ。私に任せろと言うことになった。私の棚に来たとたん皆ほしがった。1株だけ流失していた物があったがその棚にある天の富士は誰もほしがらなかった。蘭の価値は棚次第と言うことか。A氏から天の富士を買い入れた翌日その流失品も買い上げてしまった。ここから天の富士の歴史が始まる。ちょっと大げさかも。その後3回に分けて買い入れた。
 最近売った二人はともに天の富士が採れた赤城方面の人だ。一人は誰もが夢だった金閣宝でも買おうと思っていたが天の富士を同じような値段で売ってくれるならこっちの方がよいと言って買ってくれた。当然数が全然違うのだから良い選択だと思う。この人も猟もしていたし山採りもする。もう一人は初心者だが自分の家の近場で採れた天の富士を栽培したいと言って買った。春蘭にはふる里がある。ふる里の土の匂いがする。今時蘭を始める人にはこの感覚はないように思える。培地の匂いがしたのでは春蘭の魅力という点でいかがな物かと思う。ふる里がフラスコでは四方山話も生じまい。
 残念ながら当分増え芽ありません。
四方山話